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「epijenetics」 3

ある時、仙道さんと場末の居酒屋に飲みに行き、仙道さんが自分の過去を話してくれたことがあった。

話によると、仙道さんは、元は自動車の整備士だったらしい。

「あのころは楽しかったよ。

ただひたすら、オイル塗れになりながら、ポンコツの車をいじっていればよかったんだからね」

それと同時に、車の改良も試みる、研究者でもあった。

「主にエンジン部分をいじったよ。中古のフォードとかね。いじりがいはあったなぁ」

仙道さんが試作したエンジンは、かなり評判がよかった。

そしてその開発力に、いつの頃からか、軍が目を付け始めた。

ある時、陸軍の兵器の開発を担っている部署の責任者と名乗る男がやってきた。

「姿形は、ごく普通の初老の男だったよ。

ただ、気味が悪いほどスーツ姿が似合っていた。

あと、声のしゃがれ具合とか、今でも耳に残ってる。

彼は高額な棒給と引き換えに、軍に勤めてみないか、と誘ってきた」

―大陸や南方は、湿地や沼地が多い。そういったところでは、馬力のあるトラックが必要になる。その開発には、君のようなエンジンに強い人材が不可欠だ。それに、我々は今後、航空戦力の増強にも努めていく方針である。その際、最も障害になると予想されるのが、これもエンジンだ。我々には、君の力が必要だ―

責任者曰く、そういうことらしい。

「馬鹿馬鹿しかったね。

宮仕えなんかまっぴらごめんだったし、飛行機なんかいじったことないし、なによりも、整備士の仕事が好きだったんだ。

後が怖かったけれども、丁重にお引取り願ったよ」

男は特にしつこく迫ることはせず、素直に帰っていった。


その直後、大空襲がこの町を襲った。


「この町の被害は軽いものだったなんて言ってる奴らもいるけれど、とんでもない。

町の主な施設はあらかた吹っ飛ばされたし、今でも空き地は目立つ方じゃないか。

大したこと無いなんて言ってる奴らは、あの空襲を知らない奴らだ」

ここで仙道さんは言葉を切り、杯に残っていた酒を一気に煽った。

「突然だったよ。

警報もへったくれもなかった。

いきなり俺の家のすぐそばに爆弾が落ちてきたんだ。

その衝撃で、窓ガラスが粉々に砕けて、そして―」

手酌で酒をなみなみと注ぐと、それも一気に飲み干した。


「―妻へと突き刺さった。


その時の光景は忘れられないね。


僕はコタツに入って茶を飲んでいた。

妻は、窓の近くに置いていた火鉢に炭を足していた。

窓から覗く空は、いかにも寒そうに、厚く雲がたれこめていたよ。

こんな視界が悪い日には、爆撃機もこないだろう。

部屋の中は暖かい。

妻は何度も欠伸をしていた。

平和そのものだったよ。空だけは不気味だったけど。 


突然だった。


近くで爆音がした。

まさか、とは思ったよ。まさかこんな日に、って。

妻もそう思ったんだろうね。素っ頓狂な声を上げて、窓のほうを見たんだ。


同時に、ガラスが砕けた。


僕はとっさに身を伏せた。

強烈な爆音で、耳がいかれた。

しばらくのあいだ、伏せていた。

情けないことだけど、かなりもらした。

耳が元に戻るにつれ、だれかが叫ぶ声が聞こえた。悲鳴だった。

僕は震えながら起き上がって、そっちの方を見たよ。


―顔中に、砕けたガラスの破片が突き刺さっている妻の姿が、そこにはあった。


それからのことはよく憶えていない。


必死に駆け寄って、無茶苦茶にガラスを引き抜こうとして、それに対して、妻が獣みたいな声を上げながら、ものすごく抵抗したってことぐらいだ。

ふと気が付いたら、近くの小学校の廊下に、壁にもたれるようにして座っていた。

他にも、空襲から逃れてやってきた人々が集まっていた。


地獄だったよ。


これ以上適切な表現はないし、これ以上細やかな描写もしたくない。とにかく臭かった。

ふと、目の前に何か大きなものが転がっていることに気が付いた。

妻だとわかるのには、大分時間がかかった。

顔中、包帯でぐるぐる巻きになっていたからね。

胴体と右腕と右足も、同じような感じだった。

局部を隠す程度に残っていた着物の柄から、妻だとわかった。


最初は芋虫かと思ったよ。


真っ白な、変な形をした、臭い芋虫。


でもそれが妻だと分かると、頭から血が引いていくのが分かった。

耐え切れずに、胃の中のものをぶちまけた。胃液しか出なかったけどね。

それから、自分の体を見た。

手はガラスの破片を触ったためにズタズタ、妻を担いだために、着物は血糊塗れ、裸足でここまで駆けてきたから、足の裏は擦り剥け、ひどい切り傷がいくつもあった。

でも、大した怪我は無かった。

もう一度、妻を見る。

包帯の間からは、蛆が湧き始めていた。

それを見ていると、無性に腹が立った。ひっぱたくようにしてそいつらを払った。

そうしているうちに、ふと妻の左腕が目に入った。


びっくりするほど綺麗だったよ。


元々色白の方だったけど、右側の惨状と比べると、その美しさがより一層際立つようだった。

僕は、その手を握ったよ。

それで、何度も妻の名を呼んだ。

別に妻を勇気付けようとか、そんな殊勝なことを思ったわけじゃない。


ただひたすらに怖かった。


なにかに縋りたかった。


すると、ひゅーっ、ひゅーっ、って苦しそうな呼吸音に混ざって、妻が僕の名を呼ぶ声が聞こえたんだ。


小さな声だった。


本当に小さな声だったんだ。


でも、その声は、僕がなによりも求めていたものだった。


僕は左手を握り締めながら、何度も何度も妻の名を叫んだよ。

体裁もへったくれもなく、馬鹿みたいに泣きながら叫んだよ。

そのたびに、僕の名を呼ぶ声が返ってくる。

聞き分けの無い子どもを諭すような、やさしい声だった。

でも、その声はだんだん小さくなっていった。

それでも僕は叫び続けた。


そして、気が付けば、妻は―」



 
大空襲の直後、仙道さんは、軍に勤め始めた。

その後、エンジンに留まらず、元来の才能を遺憾なく発揮し、ありとあらゆる兵器を開発していった。

出世は早かった。

いつの間にか、軍内では一目置かれる存在となった。


―より正確に言えば、あまりの仕事熱心さから、仲間たちに敬遠されていた。


地位が高まるにつれ、仙道さんの発案が取り上げられることが多くなり、そうして生み出された兵器は、より合理的に、より的確に、人を殺していった。


―そしていつの間にか終戦となり、気が付いたら、裁判所にいた。

うやむやのうちに判決が下り、しばらく戦犯収容所に放り込まれた後、よくわからないままに釈放された。

占領軍の方針が変わったらしい。   

牢の外に出てきた仙道さんは、ありとあらゆる人々から「人殺し」と後ろ指を指された。

もはや、整備士として、仙道さんに帰る場所は無かった。



それが、仙道洋一郎という男だった。


奥さんの名前は、教えてもらえなかった。

 
 


 
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