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「epigenetics 2 」

・・・八回裏二対三ツーアウト一塁三塁にランナーの場面で四番斉藤を迎えます野木さんこの場面湘北のバッテリーはどう動くでしょうか。

レジ付近に置かれている、一昔前のトランジスタラジオからは、甲子園の実況が流れていた。

どうやら、甲子園には雨は降っていないらしい。

「甲子園、いつ復活したんだっけ?」

幸江さんは、二杯目のアイスティーに、小さなポットに入ったミルクを注ぎながら尋ねてきた。

「3年前」

「じゃあちょうど、一樹くんが高三の頃かぁ」

「わかってて聞いたでしょ」

銀のティースプーンでアイスティーをかき混ぜながら、困ったような笑みを浮かべた。

「先生の悪い癖ですよ。

なにか話し始めようとする時、それとはまるで関係ないようで、でもそのことを意識せずにはいられないことを聞いてくる」

「だめかな?」

「卑怯ですよ」

懐からタバコの箱を取り出し、吸ってもいいかと軽く振ってみせた。

「ごめんなさい。タバコの煙、室内ではあまり得意じゃないの。

外なら吸いながら話してもらっても平気なんだけど」

「気にしないでください」

俺は箱をしまった。

「吸うんだ?」

「接客業やってれば、そうなりますよ」

「何?やっぱりストレスゆえ?」

「なんだろ。半分おまじないみたいなもんかも」

「どういう?」

「今俺はリラックスしてるんだー、って自己暗示?」

「よくわかんないな」

「まぁ好きで吸ってるだけなんですけどね、結局は」

幸江さんは、ふぅん、と適当に相槌を打ちながら、ガムシロップを入れずにアイスミルクティーに軽く口をつけた。

グラスを持ち上げたとき、グラスの底に、ビアホールのシンボルマークである、白鳥のロゴが印刷されたコースターが引っ付いていた。

「口癖、変わってないね」

「口癖?」

「語尾に『結局』ってつけるとこ」

「口癖って言うほどですかね」

「口癖って言うほどだよ」

これは大きいしかし左に切れてファールです、と野球アナウンサー特有の抑揚のある声が聞こえた。

「三年前と同じ。変わってないね」

さあフルカウントやはりここは決め球のシュートでしょうかそれともまだ斉藤に対して使用していないストレートでしょうか。

「あなたは一体何しに来たんですか?」

おっと一塁へ牽制ランナーを気にします。

「一樹くんに会いに」

「違う」

さあピッチャー振りかぶって投げた。

「朝永のことだろ?」

「一樹くん」

俺は席を立とうとした。


「待って一樹くん」


穏やかに諭すような声。

それでいて、有無を言わさず俺を従わせる声。

舌打ちして、席に座りなおした。

幸江さんは、軽くため息をついた。

「ねぇ、あなたはゆき―」

思いなおしたのか、そこで言葉を切った後、

「―朝永くんにこだわりすぎだと思うの」と言い直した。

「そんなことないですよ」

「そうね、こだわってるっていうのは語弊があったかも。敏感になりすぎてる」

「そうですかね」

「ともかく」と、幸江さんは表情を幾分和らげながら、表面に水滴のついたグラスを両手で包んだ。

「今日の私は、ただ懐かしさから一樹くんに会いにきただけ。他意はないよ。

ちょっと意地悪言いすぎたかもしれないけど」

しばらくお互い黙り込む。


俺は、まだこだわっているのか?


―まだ、許せないでいるのか?


「八重樫先生」

右中間に鋭い当たりこれは長打長打です三塁ランナー今ホームイン一塁ランナーは三塁に残塁いや蹴りました三塁を蹴りましたさぁきわどいところです。

「この試合、どちらが勝つと思います?」

「このラジオの?」

きわどいきわどいさあどうだセーフセーフです住吉商業逆転逆転四対三住吉逆転です。

窓の外はいつのまにか霧雨になっていて、黒々と青い真夏の空が、雲の切れ目から見え始めていた。

「わからないものですよ、野球って。

流れが見えていればいるほど」



「んで、結局どっちが勝ったの?」

ピッチングマシーンから放たれた、時速130キロのストレートをピッチャー返しにした時、仁科がそう尋ねてきた。

「お前、なんか質問するとこ間違えてねぇ?」

「いいじゃん、気になるもん」

また球がくる。

今度は、右に引っ張ってみる。

三塁強襲ヒット。

「住吉がリードを守って四対三で勝ち」

「つまんねぇの」

「でもなかったぞ」

「つーと?」

あと三球。

今度は左に流してみる。

一塁の頭上を越え、ファールかフェアか、きわどいあたり。いや、フェアだな、うん。

「湘北が粘ってなー。

ツーアウトから、八、九番が踏ん張って、一、二塁ってなって。

ほんでその日、二安打打ってた一番のご登場」

大きなセンターフライを打ったつもりで、ネットの上のほうに球を飛ばしてみた。

やはり、思い切り球をかっ飛ばすのは楽しい。

「ほー」

「でもそいつ、二、三塁間にいいあたり打ったらしいんだけど、そのライナーにショートが飛びついてアウト。

湘北、無念」

ラストは二、三塁間を抜けるタイムリーヒット。同点。いや、逆転。やったね。俺ヒーロー。

「ほれ、お前の番」

金属バットをバット立てに置き、ネットをくぐり、ベンチに寝そべっていた仁科の手から、マンガ本をひったくった。

「あ、待てよ、今エロいシーンだったんだよ」

「うるせぇ早く行け」

「なんだよイラついてんのかよ」

「けっこう真面目に話してたんだぞ、こっちは」

「俺だってけっこう真面目に聞いてやったんだぞ」

「嘘つけ」

「本当だって。朝永ってやつのことも、知らないわけじゃないんだぜ」

気が付いたら、仁科の胸倉を掴んでいた。

「おいなにすんだよ」

「適当なこと言ってんじゃねぇよ」

「落ち着けってお前」

気まずくなる。舌打ち混じりに、仁科を軽く突き飛ばす。

仁科はため息をつきながら、料金箱にコインを入れ、バッターボックスに入った。

「なん、そんなに朝永ってやつのこと嫌いなんか?」

「そういうんじゃねぇよ」

「じゃあなんなんだよ」

ぺきぃん、と大きな音をたてて、仁科は打球を、ネットの最上部につけられている「ホームラン」の小さな的に向けてかっとばした。

「野球部のころ、いざこざがあって、そん時きりの仲なんだよ。それまではバッテリーもくんでて、仲も悪くなかった」

親友だった、とまでは言えなかった。

「へー、野球やってたのは知ってたけど、バッテリー組んでたってことは、もしかしてチームのエース?」

「いや、俺はキャッチャーだったよ」

「ふーん、お前がねぇ」

ぺきぃん。強引に引っ張りすぎたせいで、的のはるか右側に打球は叩きつけられた。

「それよか、お前、朝永知ってるって?」

「確か、幸田さんと同じ大学だったよな?」

「ああ、律と同じだ」

ばすん。大振りしすぎで空振り。

体でけぇからパワーはあるけど、選球眼はないな。

「知り合いから聞いた話なんだけど、その大学、運動けっこう派手だろ?

ほんでその騒いでる連中の中で、二年の朝永ってやつが最近頭角を現してきてるらしい。

上の連中はそれが気に食わないらしくてさ、日に日に上層部と朝永のシンパの対立、まずい方向にいっちゃってるらしいよ」

「あいつ、確か有力な左翼政治家の息子だからな。

それがあるんだろ、二年で取り巻きまでできるってことは」

「それ初耳。ってことは、親父さんも一枚噛んでる、かも?」

「さぁ?興味ねー」

ぺきぃん。

ライトフライ。または大ファール。

ほんと力だけだな、こいつ。釣り球何球か放れば、簡単に三振にできるな。

「やぁ、どう、調子は」

ひょろりとした体格の、無精ひげを生やした眼鏡の中年男性が、こっちに近づいてきた。

「仙道さん、ちっす」と仁科が頭を下げた。

「こんちわっす」俺もベンチから立って挨拶した。

「調子いいみたいだね、うん」

「どうすか、新しいマシン、なんかできましたか?」と、俺は尋ねてみた。

仙道さんはここのバッティングセンターの主であり、同時に、バッティングマシーンの開発に余念がないエンジニアでもある。

いや、マッドサイエンティストである。

この人の、俺を空振りさせるという野望の達成に対する執念には、時々うんざりさせられる。

「いいこと聞いてくれたね。それがねぇ、できたんだよ」と、仙道さんは、欠けた八重歯を剥き出しにしながら破顔した。

「ホントですか」

「ホントホント。今回はね、けっこう自信作。

尾上くんも、そうそう簡単には打てないんじゃないかな」

「どんなんですか?」

「それはバッターボックス入ってからのお楽しみ」

不敵そうに唇をにっと吊り上げながら、こっちこっちとバッティングセンターの一番右端へと俺たちを誘った。

そこの防護網には、「このマシンは使用できません」と書かれたプレートがぶらさがっていた。

仙道さんはその中へと入っていき、小走りでマシンに近づき、なにかごそごそとマシンをいじり始めた。

俺はバッターボックスに入り、適当に素振りをして待っていた。

しばらくすると、がこん、とマシンがボールを取り込む音がした。

と同時に、仙道さんがダッシュでこちらに戻ってきて、安全な防護網の後ろから、俺の姿を食い入るように見つめてきた。

マシンが十分にボールを取り込み、投球アームが動く。

球が放たれ、こちらに飛んでくる。

そのタイミングに合わせ、バットを鋭く振りぬく。

―打った。

そう思った。

だが、ばすん、とボールが厚いゴム壁に当たる音がした。

―空振り。

一瞬、わけがわからなかった。

後ろを見ると、仙道さんがニタニタとさも嬉しそうにほくそえんでいた。

「ストライクだよ、尾上君。打てなきゃ、三振だよ?」

声が笑ってるぞ、仙道さん。

むかつくぞ、仙道さん。

二球目はちゃんと見よう。アームの動きを凝視する。

ボールが放たれる。

動きはちゃんと見えている。

―いける。

そう思い、思い切り振りぬく。

だが、ミートの直前、ボールがインコースへと、大きくスライドした。

ばすん。

またボールがゴム壁を叩く音。

「シンカーか・・・」

「それも、150キロ級の、高速シンカーだよ。

こんな球投げられる高校生っていなかったでしょ?」

ベースをコン、とバットで叩く。

追い詰められた時、逃せないチャンスの時、とにかく打ちたいと強く願った時、なぜかやってしまう、おまじない代わりの俺の癖だ。

「一人、知ってますよ」

「へー?すごいね」

仙道さんは、どこか不満げだった。

人間を遙かに凌駕する性能を持つバッティングマシンの開発が夢だと常日頃語っているマッドなエンジニアとしては、面白くない話なんだろう。

「だから、打てます」

アームが動く。

バットを絞るように強く握り締める。

肩の力は抜き、骨盤に乗せる感覚で腰を落とし、足の裏に力を入れる。

ボールが放たれ迫ってくる。

ボールの軌道を見極め、脇を締め、腰を大きくねじる。


完璧なミート。

軟球がひしゃげる感覚。


きぃん。


マシンにライナーが直撃する。

ピッチャー強襲。お粗末さまでござんす。

「うわっ、尾上君、なんてことすんの!」

仙道さんは悲鳴に近い叫びをあげながら、マシンへと駆け寄っていった。

「すいませーん」俺は仙道さんに向かって大声で謝った。

「くそっ、次こそは三振だ」と、仙道さんはマシンをせっせかといじくりながら叫んだ。

―もし今のが朝永の球だとしても、俺は打ち返すことが出来たのだろうか?

バットを勢いよく振る。

馬鹿な考えだ、と思った。

またバットを振る。

「うわー、こえぇ音。

お前、ホントなんで野球やめちゃったんだよ。

別に高校の野球部じゃなくったって、他にいくらでも活躍できるとこあったろうに」

「飽きたんだよ」

「もったいねーなぁ」

飽きた。

そう、それだけだ。朝永は関係ない。

朝永は、何の関係もない。

さっきのマシンの球より早く、より鋭いシンカーをイメージしながら、またバットを振った。

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